私のチームみらいサポーター奮闘記
◼️始めは軽い気持ちだった
政党のボランティアってどんな感じだろう?推してる安野さんの少しでも協力できたらいいな、そんな軽い気持ちだった。この時は、まさか本業の仕事、食事、睡眠、入浴以外の時間はほぼサポーター活動に全力投球することになるとは夢にも思わなかった。この間は趣味の週3日程の2時間のウォーキングも控えてサポーター活動に費やした。
◼️最初はYouTube切り抜きショート動画を作っていた
最初の活動は、pythonを使って元動画URLと切り抜き時刻とタイトルさえ指定すれば自動的に切り抜きショートを作れるようにしたいな、と思ってそれを作った。25件位作った、これはこれで楽しかったので、これを続けるのも良いなと思った。 https://www.youtube.com/channel/UCHxzUFWZeBaX7Pg7aH_8vBQ
◼️開発に関わりたくなってオンラインMTG参加
私は小学生の頃からPC-6001等のBASICで遊んでた生粋のエンジニアだったので、切り抜きも面白いけどせっかくならもっと開発よりなこともしたいな、と思って初めて開発関連のオンラインMTGに参加した。
◼️ポスターマップという最も政党のボランティアらしいプロジェクトに参加
MTGでは、どれも面白そうなプロジェクトだったので迷ったが、選挙の顔とも言うべきポスター関連の開発がやり甲斐を感じられそうと思ったので、それに参加を決めた。このMTGでは安野さん本人も参加してた。
◼️とりあえず地元の板橋区に問い合わせたらCSVを貰えた!
板橋区のHPを見たら、都議選と参院選の共通のポスター掲示場492ヶ所のPDFが載ってた。ChatGPTによると問い合わせれば事前にCSVを貰える可能性がある、とのことだったのでフォームから申請したら本当に貰えた。後から振り返ってみると板橋区の選管はとても親切!
◼️対象721自治体12万ヶ所の全てのポスター掲示場のCSV化という目標に愕然
調べて洗い出してみたら、掲示場は全国1741自治体で約40万ヶ所あるとのことで愕然とした。後から運営からの話で貼るのは選挙区だけで良いとのこと、なので「助かった」と思ったが、それでもこの数だからチャレンジングな作業であることに変わりはない。
◼️公示日の3週間前に「今からCSV集めに着手しないとやばい!」と危機感を覚えた
この頃、Slack内では「公式な掲示場の発表があってからデジタル化を頑張れば良いよね」のような楽観的な空気だったが、私は危機感を感じていた。公示日まで3週間もあるのに動かないのは非常に時間が勿体無い。板橋区の例もあるし、この途方も無い作業を完遂するためには今すぐにでも動くべきでは?と思った。
◼️Google共有ドライブ+スプレッドシートという作業環境のプロトタイプを提案
この途方も無い作業を完遂するためには、①掲示場に関する情報を集約する、②皆んなで手分けして作業できる、③進捗状況をリアルタイムに把握して管理と共有できる、環境が必要になるだろうと思ったので、GASを駆使してその作業環境のプロトタイプを作りSlack内で提案した。割と良いリアクションと賛同を貰えた。
◼️住所の入ったCSVから緯度経度が付いた統一フォーマット(正規化)のCSVを作るツールを作った。
住所や掲示番号がある元のCSVからGoogle Geocoding APIで住所から緯度経度を取得して正規化CSV化するCLIツールを自分でpythonで作った。と言ってもコードを書いたのは殆どChatGPTだったが。その後しみずさんがそのWeb版をサクッと作ってくれた。私はstreamlitを使ったことがなくて知らなかったので、これは非常に助かった。後にこのWeb版CSV正規化ツールはSlack内での標準ツールとなった。
◼️Google APIで実際の位置と18キロも離れた座標を返すケースが現れた!
読んで字の如く。しばたにさんが報告してくれた不具合。元住所は宮城県美里町。試しに国土地理院APIでやったら正しそうな座標を返した。これを機に緯度経度の取得には2つのAPIで二重チェックして距離差が規定値以上に離れてる場合はどちらのAPIを採用するかの選択とCSVの note列にその旨を表示する機能を設けた。
◼️そもそもの住所がアバウト過ぎて正しい座標を得られないケースも。
地方だけの問題かと思いきや都市部でも。住所が「東京都中央区晴海5丁目」で場所名が「黎明大橋下フェンス」という案件。もはや住所でなく目印である。こんな住所情報でAPIで座標が特定できるわけがない!
◼️APIで正しい座標が得られないのはAPIの限界として諦めた。
この結論に至った。ポスター貼り実行部隊には、緯度経度はあくまで参考値として、住所と場所名を重視して探してくださいとお願いする方針で行こうということになった。
◼️政令指定都市や郡名の考慮不足
横浜市や札幌市など市内に複数の区があるケースを未考慮だった。これらの市では掲示場数が膨大になるので作業者は大変である。また、長野県北安曇郡白馬村のように郡を指定しないとAPIが上手く認識しないケースがあるらしい。東京に住んでると、この感覚がなかったのが反省点である。政令指定都市については各区をaddress列に記載するルール作りと、各区のCSVを連結するだけのCLIツールを作って最低限の対処はした。
◼️自分でも近所に13枚のポスター貼ってみた
公示日から5日位経っても近所にまだ掲示されてなかったので自分で貼ることにした。オプチャでつしまさんから余りを譲ってもらった。たった13枚だが猛暑のなか大変だった。シワが多くて上手く貼れなかった、みねしまさんごめんなさい🙏 皆んな50枚とか100枚とかよくやるなぁと思った。
◼️安野イズムが浸透していたサポーター仲間
Slack内で感心したのは、忙しい中、誰も不平不満を言わないこと、失敗しても誰も責めないこと。「批判より提案を、提案より行動を」の安野イズムがサポーターにもしっかり浸透していたこと。
◼️私が不在でも自主的に解決してくれるサポーター文化へと進化
私が作業環境を構築したこともあり、当初はいろいろタスクや質問を振られて大変でしたが、投票日1週間前の今では、ノウハウがサポーター内で十分に浸透したせいか、Slackでメンションされることが少なくなり、人が入れ替わり立ち替わり、Ishida さんを始め自主的に解決してくれる方がたくさんおり非常に助かる状態になりました、大感謝です。
◼️演説会でPMのいわきりさんと初対面でハイタッチ
安野さんとのツーショット撮影が主目的で参加した演説会で、PMのいわきりさんと初対面、感極まってハイタッチ。基本的に私は暗い性格なのでハイタッチなんてしたの人生初かもしれません。安野さんとのツーショットも肩を組ませてもらってバッチリ撮影できました!

◼️選挙戦最終日が私の誕生日という奇跡
なんという運命でしょう。人生史上、最も注目し、全力を注いだ選挙戦の最終マイク収め日が、私の誕生日だなんて! Slack内で候補者の須田えいたろうさんが最終日街頭演説の告知をされたのですが、その日が私の誕生日であることを返信したところ、須田えいたろうさんご本人より、ケーキ🍰マークのリアクションをいただきました!
◼️おわりに
「少しでもお手伝いできれば」という軽い気持ちで始めたサポーター活動でしたが、結果どハマりして、手伝いとか協力とかのレベルじゃない、気付いたらまさに「チーム一丸となって全力でやってます!」レベルに達してました。この記事の執筆時点で投票日まであと1週間ありますが、選挙結果がどうあれ、この体験は私の人生史上、最も暑くて熱い夏として最高の思い出になることでしょう。
カレー草枕
東京の新宿3丁目にある、カレー店草枕に来ました。
ある日コンビニに並んでいたスパイスカレー専門のグルメ雑誌に載っていたので、試しに1回食べに来たら、これが美味しくて嵌ってしまいました。 後から知ったのですが、石原さとみさんも大絶賛のカレー店だそうです。今では私の大好きなスパイスカレー店のひとつです。

今日はなすとまとチキンカレー(辛さ5番)とラッシーを注文しました。
なすもトマトもチキンもたっぷり入った具だくさんの欲張りカリーで大変美味しいです。 なすとトマトと言えば夏野菜のイメージなので、夏だけのメニューだけなのかと思いきや一年中食べられます。 カレーを食べた後の口の中の辛さを、ラッシーがいい感じに中和してくれます。 カウンターの奥には「世界のカレー図鑑」のような本が何冊か並んでいて、 待っている間にパラパラめくって読んで、カレーってインドだけじゃないんだ、なるほどな~って思いました。
インド式チャオカリー(夢民)
東京の汐留にある、インド式チャオカリーの店に来ました。
この店の前身は、私の学生時代、早稲田大学の大久保キャンパスの近くにあった夢民という小さなお店だったのですが、 その後フランチャイズ化してチャオカリーとなったものです。初めて夢民のカレーを食べた時は 『こんな美味しいカレーが世の中にあったのか!』と感動して病みつきになって通い続けたものです。 チャオカリーは以前は池袋・新宿・江古田にも店舗があったのですが、2023年現在では閉店して汐留店のみです。 オリジナルの早稲田の夢民は店主さんの高齢化により閉店しています。大変お世話になりました。そしてお疲れさまでした。

今日はポパイベーコンカリーを食べました。
ほうれん草、トマト、ベーコン、スクランブルエッグがたっぷり入った具だくさんのカリーで大変美味しいです。 辛さは5番にしました。昔はいつも10番を注文してましたが、年齢のせいか余り辛いのが食べられなくなりました。 初めてチャオカリーを食べる方には、このポパイベーコンカリーかベーコンエッグ野菜トマトカリーがオススメです。 ベーコンエッグの美味しさとトマトの酸味がこんなにもインド風カリーに合うのか、と実感していただけると思います。
お金の反対語は?
結論
お金の反対語は刑法である。
この一見「訳の分からない」結論に至った考え方を以下に説明する。
道徳とは何か?
一見、お金とは関係なさそうだが、話の順序としてまず「道徳とは何か?」を考えてみる。 辞書的な定義によると、
人々が、善悪をわきまえて正しい行為をなすために、守り従わねばならない規範の総体。外面的・物理的強制を伴う法律と異なり、自発的に正しい行為へと促す内面的原理として働く。
となっている。要するに道徳とは
- 悪い行いはできるだけしないようにしよう。
- 善い行いを積極的にしよう
という事に尽きると思う。
「善い行い」「悪い行い」とは何か?
これは倫理学的な問いかけであり、深く考えると難しい問題だが、突き詰めると
- 悪い行い → 人の迷惑(痛み・苦しみ・悲しみ・傷つき・困惑・不安・心配・損害・危害)になる行い
- 善い行い → 人の役に立つ(喜び・楽しみ・嬉しさ・健康・安心・便利・利益をもたらす)行い
と言えると思う。
道徳の欠点
道徳には次の欠点がある。
- 道徳は法律のように明文化されていない。そのため人によって道徳観(何が善で何が悪か)は多かれ少なかれ違う。
- 道徳を説くだけでは人は道徳を守ってくれない。
道徳は人々の心の中にある「人としてあるべき暗黙のルール(=不文律)」であり、明文化されていない。なので人によって道徳観が異なることはよくある。例えば「如何なる理由があっても体罰はいけない」と思う人がいれば「時と場合によっては体罰も必要」と考える人もいる。
また、道徳は子どもの頃から親や教師や友人との付き合いの中から自然と育まれ身につくものである。しかし道徳だけでは往々にして人は道徳を守ってはくれない。例えば窃盗や万引きをしても警察が無かったら取り締まる人がいないので、悪いことし放題の荒れた世の中になってしまうだろう。
全ての道徳を実践する必要は無いが、社会には最低限守って欲しい道徳というものはある。例えば「人を殺してはいけない」等。そこで最低限の道徳を人に実践してもらうためのシステムが社会には必要となる。
最低限の道徳を人に守ってもらうためのシステムとは?
- 悪い行いの抑止 → 刑法という罪と刑が明文化された(罪刑法定主義)システムの導入によって悪いことをしたら罰せられることにする。これにより犯罪(社会的に最低限しないで欲しい悪行)の抑止力となる。
- 善い行いの強制と推進 → お金(と私有財産制)というシステムの導入によって、「人の役に立った量=稼いだお金の金額」という定量化と明文化がなされる。そして「最低限に自分が生活できるくらいには他者のために働いて(他者貢献して)ください」という強制力となる。さらに他者に価値を提供すればするほど得をする(稼げる)ので、善いことを積極的にするためのモチベーション・推進力となる。 → 「お金の役割とは」
このように考えると「お金」と「刑法」は道徳を中心としてちょうど反対の関係にあることが分かる。
まとめ
人に最低限の道徳を実践してもらうための手段として社会は「刑法」と「お金」というシステムを導入したという考え方が成り立つ。 よって「お金の反対語は刑法である」と言えるのではないだろうか。
なお今回は「刑法」という言葉を使いましたが、もっと広義の意味では単純に「法」と言っても良いかもしれません。(例えば、民法でも配偶者の不貞行為は慰謝料の対象となるので浮気という望ましくない行為の抑止力となり得ます) しかし法の役割は悪い行いの抑止力としてだけでなく、社会の秩序を守るための様々な役割があります。そこで法の中でも悪い行いの抑止力となる最たるものとして今回は「刑法」という表現を使いました。また、厳密には道徳と刑法はイコールではありません。例えば大麻は日本では違法ですが、世界では合法化傾向にありますし、所持するだけでも道徳にもアウトか?というとちょっと微妙ですよね。
「お金 反対語」でググってみても、私と同じ考えの意見は見当たらなかったので「この独自の理論はもしかして大発見?」と思って書きとめておくことにしました。
中には「お金の反対語は自給自足」という意見もありました。お金の目的が「他人に力を借りるため」だとすれば他人の力を全く借りない自給自足も確かにお金の対極にありますので、それもまた真実だと思います。
お金の役割とは?
お金とは何か?
ググってみると・・・
人間社会において、欲しいものや必要なものを手に入れるために使われる物体及びその概念である。また、「価値の尺度」「交換の媒介」「価値の保蔵」の機能を持つ。
その通りなのですが、もう少し噛み砕いて説明できないか? と思いました。
お金は使うものでもあり、稼ぐものでもあります。
両方の意味を含んだ説明がしたい、と思いました。
自分が理解している「お金の役割」とは・・・
- 誰かが誰かの役に立つときの価値の交換をスムーズにする。
- 最低限、自分が生活できるだけの分は、他人の役に立つことをしろ、という強制力として働く。
- 他者の役に立てば立つほど報酬がもらえるという動機づけ。
。。。などが思いつきます。
まとめると
お金の役割とは・・・
人が人のために何か役立つ(=他者への貢献)という概念を定量化して公平に比較できるようにした上で、それをたくさん起こしやすくして(働くことへの動機付け・流動性の向上・分業体制の確立・自由競争の促進)、社会全体の便益を向上させること。
と言えるのではないでしょうか。
元ZOZOの前澤さんは、『お金とはありがとうの数だ』と言ってましたが、私もその通りだと思います。
温厚な人と人格者の違い
僕は、今まで『温厚な人 = 怒りっぽくない人 = 人格者』と思っていた。 でも、最近になってそれが間違いだと思うようになった。 正しくは、
- 人格者 = 怒りのツボが小さい人 + 怒っても冷静さを失わない人
- 温厚な人 = 怒りのツボが小さいだけの人
だと思うようになった。 要するに、「怒りのツボの大きさ」と「怒っても冷静でいられる」ことは別の能力なのである。 「怒っても冷静でいられる」とは、怒っても感情をむき出しに言動しないで理性を失わないことである。 周りから温厚だと言われて滅多に怒らない人でも、いざ怒りのツボに嵌ると 人が変わったように、キャンキャン腹を立てて小学生みたいな暴言や失言をする人がいる。 つまり、普段は怒りたくなるような衝動にかられることが少ないから、温厚に見えるだけなのである。 したがって、「温厚なだけの人」は人格者とは言えない。
本当の人格者は、たとえ怒りのツボに嵌っても、決して暴言や失言を吐くなど幼児性を見せることはない。
そして「温厚なだけの人」は、自分は温厚だと思っているし周りからも温厚だと言われるので、 「自分は人格者なんだ」と勘違いしている人も多いように思える。
なぜ鏡に自分を映すと左右が逆になるのか?
これって良い問題だと思いませんか?
経験的には当たり前だと思っていることだけど、いざ説明しろと言われたら、「う~ん」とても難しい。
でも、子どもでも大人でも同じ土俵で考えることができる。
頭の体操にちょうどいいと思って、これについて書いてみることにしました。
答え
錯覚です。 左右は逆になっていないしもちろん上下も逆になっていない。 逆になっているのは前後(奥行)なのです。
人は自分を鏡に映したとき、自分を180度回転して向かい合っている自分がいる、 と想像(錯覚)するのです(もちろん実際には鏡に映った自分は180度回転した自分にはなっていません)。 その像(左右逆の像)と鏡の中の像(左右正しい像)比較するから左右が逆になっているように錯覚するのです。 つまり鏡が左右逆にしているのではなく人の頭の中で左右逆(180度回転)にしているのです。
なぜこのような錯覚を起こすのかというとに人間は左右対称な生き物であるからでしょう。
いかがでしょう? この問題についてベクトルの概念を使って説明する人もいますが それだと数学的になって子どもには難しいと思うので、上記のような説明が一番しっくりくるのではないでしょうか。